捨てられない腕時計
捨てられない物がある。
それは好きだった人に渡せななかった腕時計だ。
今でも未練がないと言えば嘘になる。その人は当時の心の拠り所だった。
年齢は実際には聞いてないのだか、会話から察するに50代、子持ちで夫とは離婚しているようで独り身。でも明るく人生を楽しんでいるように感じた。だからかもしれないが年齢を感じさせない人だった。
好きだった理由は誰にでも優しく、声が透き通っていて、包み込んでくれるような笑顔。そして時折見せる色気が魅力的で仕事も完璧、憧れの存在だったからだ。
そして、その人を含めた数人での食事を職場仲間がセッティングしてくれて、その時に渡そうとしたのが、今でも捨てられない腕時計だ。
当時自分は好きになってもらうにはどうすれば良いのかわからず、女性はプレゼントを貰えば喜んでくれるのではないなかと思い、レディースの腕時計を選んだ。
そして当日、人見知りが発動してしまい、会話に参加できず、腕時計も渡せないまま終わってしまった…
今でも後悔しているが、突然腕時計をプレゼントされても受け取ってもらえなかったと思う。女性の気持ちを考えないで一方的な理想の押し付けは間違いだからだ。
結局そのまま渡せず、アプローチを間違えたせいで距離を置かれるようになり、それが辛くなり自分は会社を辞めてしまった。
もう5年前の話だ。
それから会う事もなく、今では部屋の隅に未開封の状態で置かれている。
見るたびにあの頃の失敗を思い出して辛くなるが、捨てる事も売る事も出来ずにいるのだ。